腕時計の針が一番上でぴったり重なり合い、0時00分、6月19日になったことを教えてくれる。そんな腕時計を眺めながら、正臣は人気のない公園のベンチに寝転がっていた。ポケットから電源を落としている携帯を取り出し、正臣は嘲笑とともに呟いた。



「誕生日おめでとう、俺」



幾度となくその言葉をもらい、その言葉を自ら呟いた。去年は、と考えて思考を止める。ただでさえこのテンションなのだ。自分を陥れるのはもうやめよう。
腕時計の長い針が1を指した。星の見えない夜空を眺めるのを止める。光の灯ってない携帯のディスプレイに映る自分の表情を見て、もう一度だけ笑った。




「正臣ッ!」




聞きなれた幼めの声が聞こえて、正臣はゆっくりと身体を起き上がらせた。視線が合った親友はなんだかやけにご立腹のようで荒い息のままぜえぜえ睨みつけてくる。


「なん、で、家いないの!でんわも、めーる、も、反応、ないし!」
「え、あわりぃ、電源切っててさ。今確認す」
「うあああああじゃあちょっと待って!」


さっきまで肩で息をしていたはずの親友がいつもからは想像できないほどの速さでケータイを奪って行った。ぽかんと見つめると赤い顔と真剣な瞳が映る。状況がつかめない正臣は、内心酷く慌てながら幼馴染を宥める方向へと行動を移した。


「落ちつけ、みか」
「たんじょうびおめでとまさおみ!」
「え」
「お誕生日、おめでとう!正臣!僕が一番だよね!?ケータイ着けてないもんね!?10分経ってないもんね!?」


幼馴染のかつてない形相と肩をゆすられる勢いに思わず返事をしてしまう。よかったーと息を着きながら笑う親友を見ながら少しだけ申し訳ない気分になった。確かに他人からは一番だ。帝人の嬉しそうな顔を見ると、5分前の自分までもを殴り飛ばしたくなる。


「昔ずっと正臣一番に言いに来てくれてたもんね。初めて返せたよ」
「みかど」
「今年だって絶対誰かに先に言われてると思ってた。ほら、だって見てよ正臣」


ごめんと口を開きかけた正臣に、携帯が着きつけられる。近すぎて見れないそれに焦点を合わせるために、すこし親友と距離を置く。画面はメールのお知らせ画面だった。少しの羨望の色が混じった優しい声音で、幼馴染が笑う。





「新着メール78件って、正臣どんだけ愛されてるの」





目の前でカチリと決定ボタンが押される。正臣にだけ見えるように、お祝いメールの一覧がスクロールされていく。知らない人からのメールはなかった。悪戯メールも無かった。彼女からのたったひとことだけのメールはあった。不器用な彼女からのひらがなメールもあった。


「うわわ、まだ来てるよ。もう15分くらい経ったのに」
「みかど」
「うん?なに?読んであげよっか?」
「ありがとう、みかど」
「うん僕もありがとう」


携帯を見て馬鹿だなあと心底思う。誰がとはあえて言わないが、羅列する面子をみれば、正臣を知っている人間なら誰もが思うことだろう。こっちは声を出すのも必死だというのに親友は誰よりも嬉しそうな笑みを浮かべて覗きこんでくる。


「なんで、お前が礼言うんだよ」
「べったべたな台詞ってさ、言いたくなるじゃない」


携帯が急に上にあげられて俯いてた顔もつられて上を向く。星空と共に帝人と目が合う。どちらもぼやけて見えなかった。携帯の画面がぼやけていたのはどうやら壊れたせいらしい。帝人が照れながら、正臣の濡れた頬に手を添える。




「生まれてきてくれて、ありがとう。正臣」




壊れてしまった涙線を治そうと頬に添えられた帝人の手に自分の掌を重ねる。自分の頬は熱くて、帝人の手は暖かった。鳴り続ける携帯をBGMに、正臣は静かに身体の中の鼓動を確かめた。




える薔薇アネモネ
「なんで泣いてんの正臣」「うっせーよ黙って隣にいろ」











薔薇は正臣の、アネモネは帝人の誕生花。花言葉が…絶対狙ったろこいつら!
正臣、幸せになって…ッ!

素敵企画「愛しの将軍様」と正臣に
愛を込めまして。誕生日おめでとう、正臣。

「きい星」 凪原津々
10/06/19